2つのA

2008-01-03
Arcana

2つのA

Amorは僕の尊敬する人だ。うす茶の髪はくるくるとカールしている。天然パーマのようだが、彼は別段気にしていない。色白で、身長が小さい上に「愛」なんて名前のせいで、よくロマンチストの少女に間違われるらしい。しかし彼の性格はひどく大雑把であっけらかんとしている。筋肉も程よくついていて、まるで俊敏な獣のようだ。

学校には一度も行ったことがないらしい。それをコンプレックスに感じているようだが、無学ではない。話し方も、粗野の中に知的なものを感じるほどだ。

身一つで世界中を巡っていたので、財産と言う言葉とは無縁だった。僕は彼の財布を見たことがない。「おれのような人間を尊敬するな」と苦笑してよく言ったが、それだけは言うことが聞けなかった。

彼の唯一の自慢は瞳の色だ。はっきりと分かるほどに強烈なバイオレット。持って生まれた才能のようで、とても誇らしいものだと言っていた。僕がレッドだったらもっと良かったのに、とふざけながら言うと、止めてくれよと大声で笑った。Amorの嫌いな色は赤だ。

彼はギターを持ち歩いていて、歌も上手だった。ダンスも得意で、酒が入るとリクエストには何だって応えてくれる。どんな国の音楽にも詳しい代わりに、流行の楽曲には疎かった。歴史や神話にも詳しく、よく僕に語ってくれた。

Amorは名乗るとき「スペイン人じゃないが…」と言う言葉から始めた。何度もそれを聞いてきたから、Amorなりのジョークらしかった。Amorが本名なのかは分からない。彼は名前や素性について、あまり語ろうとしなかった。

「両親が捨てた伝統をおれが拾った。それでは不公平だからおれは両親からもらったものをほとんど捨てた」

それ以来、両親とは一度も会っていないらしい。僕がカッコイイ、そうなりたいと言うと真顔で叱った。とんでもない理由が無い限り、両親とは共に暮らし、尊敬し合うべきだと言って。そう言ったときのAmorはちょっぴり後悔しているように見えた。

その日のことはよく覚えている。夜遅く帰宅した両親に、夕飯のプレゼントをしたのだから。両親は嬉しそうに笑ったものの、慣れないことをした僕をからかった。それでも、僕の心を満たしたのは幸福感だった。

Amorは僕の尊敬する人だが、親友ではない。彼は未だに世界中を巡っていたし、僕は一つの所で学生をやっていた。Amorは時々思い出したように僕の町へやってきては、また旅立った。一か月も満たない期間もあれば、一年以上滞在する期間もあった。

連れて行ってくれとせがむには、僕はあまりにも子供だった。ただ、旅立ちの際にAmorが「ここはおれにとってもホームだよ」と言った言葉を信じて、僕はこの町で学生をし続けた。

彼は何も一人で旅をしているわけではなかった。Alohaと呼ばれる、大柄で恰幅の良いおばさんが大抵は一緒だった。この人がまたすごかった。色がずいぶん黒く、派手なピンクのムームーを着ていた。Amorよりも大雑把で何でも豪快に笑い飛ばすような人だった。

ハワイを何よりも愛していて、夫がハワイ出身らしい。戦争で死んでしまってからは、命日にだけハワイへ赴くそうだ。Amorとは血の繋がりはないが、息子のように思っている、とはにかみながらAlohaが僕に教えてくれた。豪快な女性だが、とても魅力的な人物だった。 彼女の灰色交じりの髪はやはりカールしていて、僕はずっと二人のことを親子だと思っていた。Amorも時々冗談で彼女を「マム」や「大ラブ」と呼んだ。そして自分は「小ラブ」なのだと。それを聞いたAlohaの笑いようったらなかった。どちらでも好きな方で呼ぶといいわと豪快に言ってのけた。僕は大ラブと呼ぶのが恥ずかしかったので、マムと呼ぶようになった。

マムはタロット占いが得意で、僕はよく運勢を占ってもらっていた。占う前にマムは必ず「占いはあくまでも一つの指針だからね」と真剣な表情で告げた。占いにのめり込む怖さを彼女は理解していたようだ。

他にも、マムは薬にも詳しかった。薬と言っても薬剤の類ではなくて、民間療法だ。火傷に利く薬草など、彼女はとてもよく知っていた。歴史の知識もAmorの比ではない。まさしく生き字引だ。しかし歌や音楽の才能には恵まれていないらしく、へんてこなフラダンスや歌をたびたび披露してはAmorや僕の失笑を買って見せた。

二人とは、もうしばらく会っていない。最後に会ったのは三年前くらいだろうか。僕は大学に通っていて、成績もそこそこだ。友人と何日も旅行したこともあるし、飛行機も船も経験済みだ。もちろん乗り物酔いはしない。両親も大事にしてきた。アルバイトをして、家庭にわずかながらお金を入れている。もう充分じゃないか。僕は、今でもAmorやAlohaと旅をして過ごす人生を夢見ていた。