Kensington:ひとりぼっちの双子

2007-08-20
Kensington

Kensington:ひとりぼっちの双子

マンションの住人たちは自分たちを「ケンジントンの隣人」と言っていた。管理人は得体が知れず、常にそのマンションの地下にひきこもっている。誰一人その顔を知らない。男性か女性かも分からないほどだった。 

全てはパソコンでやりとりをし、それなりの金額さえ振り込めば、誰がどこに住もうと頓着しなかった。セキュリティは万全。それゆえに、入居してくる人々も得体が知れなかった。老人、未成年、体の一部が無い人からゆりかごまで。 

心優しい住人が、気まぐれに彼らを世話してやることもあった。管理人が無頓着なだけに、彼らの団結力はすさまじかった。 

ケンジントンの代表的な住人は双子の少女だ。小さな頃にこのマンションに押し込まれ、住人たちによって育てられた。中でも一番世話を焼いてくれたのが、隣の部屋に住むウエンディさんだ。彼女は若いころ、子供を産めない体になっていた。 

「詳しい事情は聞かないよ。それが決まりだからね。あんた達、名前は?」 

双子がぼんやりと、何も無い部屋に立っていた時だった。初めて声をかけたのはウエンディさんで、そう言って明るく笑った。少女たちは大きな瞳を広げて、ウエンディさんを見るばかりだった。 

「名前が無いなら、適当につけな。ただし、ピーターはだめだよ」 

笑顔を崩さないまま、ウエンディさんがそう言うと、双子は口をそろえて「何で?」と言った。パーマで痛んだ髪をなでつけながら、少し考えてから口を開いた。 

「ピーターは男の名前だからね」
「そう。あたしはフクシン」

「フクシン、いい名前。隣の子は?」 

ウエンディさんがフクシンと名乗った子の頭をなでる。照れくさそうに、でも嬉しそうな様子は子供そのものだ。彼女が隣の少女に顔を向けた時、双子の少女は同時に口を開いた。 

「マゼンタ。でも、どっちの名前か分かんないの。ママはあたしをフクシンとも呼んだし、マゼンタとも呼んでた。あたしたちのことをマゼンタとも呼んだ」 

双子は確かに二人だった。けれど、別の人間だと思ったことすらないようだ。ウエンディは困った顔をして、双子の頭をなでた。彼女にも、この双子の区別がつかないようだ。 

そうやって、育ったのだ。個々を自覚することなく。そして捨てられたのだ。一人の双子は。ウエンディさんはそれに気付いたけれど、直せなかった。もちろん、他の住人にも直せなかった。管理人は、定期的に振り込まれるお金を計算するだけで、姿を表そうともしなかった。 

「まぁ、一人の双子でもいいさ。もっと厄介なのがいるから」 

ウエンディさんは、他の住人と酒を飲みながらそう笑いあった。オレンジジュースを2人で飲んでいる双子はきょとんとした顔をしつつ、周囲にあふれる酒の匂いにしかめっ面をした。そしてウエンディは酔った拍子に、こう言ったのだ。 

「あんたらはライラック。二人でその名前を使いなさい。それで、お互いが別だって分かったら、マゼンタとフクシンに戻りなさい」 

ライラック、と顔を見合せてそうつぶやいた双子は、にんまりと笑った。 

「ありがとうウエンディさん。とてもいい名前」 

感謝の声も、見上げた顔も、全く一緒だった。