someday:1,サムディ狂博士の実験室

2011-03-10
someday

someday:1,サムディ狂博士の実験室

2メートル以上の背丈、それに伴う細長い手足、浅黒い肌、ガリガリの身体、濁ったプールのような緑の瞳は細く、ぎざぎざした歯は真っ白な牙に見える。ぼさぼさの黒髪は艶のない猫のような毛並だった。白衣を着て、常にへらへらと笑っている。

墓場のすぐ近くに古城があり、そこがサムディ卿の実験場である。彼は爵位よりも学位に興味があった。『狂ったサムディ博士』という周囲の野次は彼にとって評価でしかない。

サムディ博士はとある実験を繰り返した。誰もが夢見て、そして破れた夢を。博士は夢を見なかった。いつだって、実現可能な結果を求めて行動しているのだ。

真っ暗な墓場では、今日もサムディ博士が演説を始めている。実験結果のお披露目と言うわけだ。大げさな身振り手振りで博士は語る。観客を魅了する術を博士は学んでいたのだ。

「わたくしは作り上げました。生み出しました。蘇らせました。人々が夢見ていたものを。夢だなんてちっぽけな器に、わたくしは何も注がなかったのです。人間です。人間をわたくしは作り上げました。生み出しました。蘇らせました。もちろん受胎だとかそんな遠まわしな結果をお伝えしているわけではございません。ご承知の通り、わたくしはまだ独身で、それらしいお相手もいませんので。そうですね、そうなればまずは婚約の発表からしなくてはいけなくなるでしょう」

そこで博士は言葉を止めた。観客がくすくすと笑うのを待ってから、再び語り出す。

「わたくしが生み出した人間は一人の少女です。赤ん坊なんて経過は知りませんよ、その子もわたくしも。墓場から少々……まあ色々と失敬しましてね。ある女性の骨を接ぎ、皮を張り、そうして一人の少女を作り上げたのです。ゾンビ、人造人間、クローン、呼び方は様々ありますが、わたくしはどれも好みません。単純に、人間です。純粋に、生物です。名前は決めてはいないのですよ。そうですね、サムディとしておきましょうか。名誉ある、わたくしの名前です。ややこしいとお思いでしょうが、御心配にはおよびません。わたくしには博士という名誉ある称号がありますので。ところで、彼女には少々問題がありましてね。いいえ、知能の問題ではありませんよ。それはわたくしの元にいる以上、少しも問題になりません。彼女はもはやわたくしの助手として十分に機能しております」

そう言って博士はひょろ長い右手を上げた。ぬらりと、身体を左右に揺らして少女が博士の背後から現れた。背は隣にいる博士のおよそ半分だ。長い白髪をサラサラと揺らす。月夜が照らすその様は幻想的だ。墓穴から出てきたばかりと言わんばかりの薄汚れたワンピース、博士とは異なる青ざめた肌、それ以上に青い瞳、瞳孔は開きかけている。どこにも焦点は合っていない。それさえ無ければ、まさに完璧な美少女であったに違いない。博士は彼女の肩にそっと手を置いた。

「どうぞご覧ください。彼女がサムディです。そう告げるのはいささか気恥ずかしいものですが、あえて甘んじましょう。そう、サムディです。わたくしの芸術作品、わたくしの実験結果、わたくしの完成品、わたくしの究極。完全な人間であり、生物であり、生命です。わたくしの全てです」

ぎらり、と大きく口を開いた博士の牙が光る。ぐるりと墓場に集まった人々を見渡した。不釣り合いなドレスや装飾品が目に付いた。サムディと名付けられた少女はぼうっと宙を見上げている。そうしていると、彼女は神聖な生き物に見える。

「ただあし」

随分と間延びした言い方だった。博士の笑顔が一層深くなる。

「墓場には無い物がありましてね。人間の中身です。さすがにそればかりはどうしようもなりません。仕方なく代用したのですが、なかなか本物通りにはいきません。特に頭脳は、とても、とても難しい。年相応の少女の頭脳には到底できませんでした。まあ、それは良い結果に終わりましたが。前述の通り、わたくしの助手が務まる程の頭脳を手に入れたのですから。ただ、問題は心臓なのです」

そこでちらりと少女を見た。肩に置いた手にぐっと力を入れて、博士は彼女を抱き寄せる。観客はまるで舞台でも見ているかのようにそれに魅入っている。サムディは博士の方へ顔を向けると、にまりと微笑んだ。美しい笑み。口を開いて小さく笑うと、彼女の犬歯がわずかに見えた。

「心臓はとてもとても難しい。模倣しようにも、その作りが難しいのです。難解で、複雑。それに尽きます。心と言うものは、難しい。ですからね、わたくしは考えたのです。模倣が全てではない。代用品があるように、欠陥品もまた、生命の一つの形なのです。実験結果は次の実験に生かされるべきです。ですから、わたくしはあえて。いいですか、重要です、これは。あえて、わたくしは心を彼女には与えませんでした。喜怒哀楽、もちろん、全て備わっています。けれども、彼女に心はありません。それが次のわたくしの実験です。心ないサムディはどうするのでしょうか?」

そう言うや否やの出来事だった。サムディはとことこと可愛らしい歩き方で観客たちへと駆け寄った。この思いがけないサプライズに、観客たちは歓喜した。我先にと手を伸ばし、サムディと触れ合った。肌はぞっとするほど冷たいのだが、それを気にする人間は観客の中にいなかった。

「心ないサムディはどうするのでしょうか!」

そう叫んだのが合図だったのか、それとも単なる偶然なのかは分からない。ただ、幼いサムディはがぶりと観客の一人の胸元に食らいついた。心ないサムディは心を求めて食らいついたのだ。一瞬で歓喜が悲鳴に変わる。恐怖に変わる。狂気に変わる。まるでそれが楽しい舞踏会であるかのように、サムディ狂博士は笑い狂い、踊り狂った。

「お食事は済んだかい?」

博士は長い手を器用に使って巻煙草を口にくわえた。先程とは違う、紳士的であるが穏やかな口調に戻っている。こちらこそが、博士の本来である。

「ええ、まあ」

ぼんやりと月を仰ぎながらサムディは答える。空気に溶け込むような優しく、澄んだ声だった。ハンカチで丁寧に口についた血液をぬぐっている。

「ふう、む」

博士は細長い枯れ枝のような足を動かして、横たわる観客を覗き込んだ。「どうやら、心臓がなくなると人はなくなるようだ」これには思わずサムディは噴出した。

「そんなの、当然じゃなくて?」

「いや、いや、分かったもんじゃない。僕は全てを確かめなくては気が済まないからね。常識も当然も疑ってかからなくては。そういう君はどうだ?心を食らって何か感じることはあるか?」

目の前にいる博士に顔を向け、サムディは憮然とした顔で告げる。

「何も」
「何も?」

オウム返しで博士が尋ねた。彼の目は未だに観客たちを見詰めている。

「何も感じません、博士。あるのは食欲に対する満腹感だけです。ちっとも飢えは治まりません。喪失感、いいえ、喪心感ですかね?」

最上級の冗談を思いついたかのように、サムディはクスクスと笑った。博士はじっと観客のなれの果てを観察するのに夢中でにこりともしなかった。

「欠片もない私の心が訴えかけています。欲しいって。たった一人の誰かが欲しい。寄り添う相手が欲しいって。依存したいのかしら?愛していると言ってみたい。分からないけど……。求めています」

何を、とまでは言わなかった。言葉が続かなかったのだろう。その証拠に、博士が振り返ると、サムディはぽっかりと口を開けている。博士はぼんやりとそれが救済だったら面白いのに、と思った。

住み家に帰り、博士は自身の書斎でもくもくと実験結果を書き記した。博士の実験、生命の誕生。次の実験は心を持たない生命の観察である。どうやらサムディは心を求めてさまようらしい。なぜなら、もう博士の住み家に心臓は無いからである。彼女は今、数少ない荷物をトランクに詰め込んでいる。博士もそれに付き添うつもりだ。次の実験のために。