雨が降っている街

2016-07-28
story
この事実を知るものはとても少ない。表現することが自己主張であることと同義であると誰が決めたのだろう?声なき声なんてものが存在すると言い始めたものは誰だろう? 声がないものは声じゃない。伝えたい事は声となり、言葉となる。伝えたくないことは一生、喉を震わせない。なぜそれを忘れてしまったのか? 言葉がひとつでなくなった理由。我々が生まれた理由。どこへ行き、どこで死ぬのか。そんなものは考えなくていい。考えたければ考えればいい。死はいつだって君の後ろ側にいる。

せいぜい自分好みの答えを選んで満足していればいい。それは不正解だ。 そもそも、答える義理が私にあるというのか?一体誰に答えろって?

こんな、誰もいないところで、私は呪詛を吐き続けている。

なぜ死んでいくのか。なぜ生きていくのか。そんなものが分かるはずがない。そうなるからそうなるだけだ。何も疑問に思うことじゃない。知らないことは知らないままだっていい。知っていることで幸せになることがあっただろうか。

確かなのはここに雨が降っていること。降り止まないこと。降り続けていること。この街がその受け皿になってしまったこと。

誰もそのことに気付かないこと。

これを知って、果たして君が幸せになるのだろうか。 次に目覚める時、溺死しているかもしれない恐怖を抱く私と、眠りとともに溺死する彼らのどちらが不幸だと思っているんだ?

呪詛は消えない。私は永遠に吐き続けるだろうよ。でなくては、正気を保っていられないんだ。この不幸を誰に打ち明けようとも、狂人としか思われない。善意も好意も悪意さえも、同情さえも憐憫さえも恨みさえも全てが気狂いとして幕引きだ。

こんなことが許されるのか?いや、誰の許しも必要ない。

だからお願いだ。せめてここでひっそりと呪わせておくれ。

どこにも行けない。ただ気付いてしまった私はどこへも行けないんだ。例え死ぬと分かっていても、私は決してこの街から離れない。

気付いているか?理解してか?それとも察したか?

私は気付いている。理解している。察してしまった。

私は見えていないんだ。

今も降り止まない雨に気付いた。けれど、私はそれを知覚しただけなのだ。目に見えたものを把握しているわけではない。ただ、日々のちょっとした違和感から、恐らくはと結論付けた。推論に近かった。

それを確信に変えたのは私ではない。狂人と持て囃された青年のおかげだ。 彼はそう、この不可視の雨に気付いてしまった。人類には決して分かるはずもなかったこの雨を。人類が破滅に向かう要因に気付いてしまった。人間には、気付けるはずなかったものに。

皮肉なものだね。人間には見る事ができないから、理解できないから、あの青年は迫害されたのだ。人間ではないとして。仲間外れにされたのだ。人類を救うべく動いた彼だったのに。異物の排除だ。ある種、人類にとって真っ当な行為だった。狂人と呼ばれた彼は、狂人ですらなかった。人ですらないかもしれなかった。だって、人間には到底たどりつけない境地に彼はいたのだから。

私は声をあげたよ。もしかしたら、という推論を武器に。この青年は狂人ではないかもしれない。そう言ったさ。 これもまた皮肉かもしれないね。私の擁護が、化け物の証明になってしまった。

狂人か、化け物か。人の声というのはひどく小さい。私の声はかき消された。狂人と罵る声はどこまでも広がっていった。他人を信じられなくなった青年は、もはや誰かを救おうなんて思わなくなっていた。自分すら救済に値しないと思っていた。ノアは自分じゃないと気付いた。

いや、ノアなら伝承通りに動くべきだったと後悔したのかもしれないな。彼の考えはそれくらい善意に満ちていたし、超越していた。傲慢ととれるかもしれなかった。

彼はこの街から消えた。それを悼むために、私は明日来るかもしれない溺死に怯え、今日起こるかもしれない事故死を恐れ、1年後に訪れるかもしれない病死に願いを込めている。死はいつだって君の後ろにいるのだから、私がここから逃げる理由にはならないんだよ。