原初のオートマータ

2013-01-03
story

原初のオートマータ

大げさな笑い声と、嘘くさい話、劣情が滲む声、偽物で溢れかえった居酒屋。 

芸能人ぶった人々の代わりに、気取ったコートがハンガーで磔刑。 

十分に薄まったアルコールが次々と運ばれては飲み干されていく。 

騒々しいこの空間ではいくつもいくつも言葉が飛び交い、宙を舞っている。そのせいか、一つ一つの言葉を認識するのがひどく困難だ。仕切りのないこの店では、すぐ隣の話題は聞こえてくるものの、それが日本語なのかどうかまでは分からない。 

彷徨っているのは声だけではない。 

煙草や焼き肉の煙が天井を漂い、忙しそうに店員や客が店内を闊歩していた。何もかも行き場がなく、それが居酒屋をより退廃的な雰囲気にしている。 

そこで知り合った、他人がいた。人数は三人。 

偶然にもその日、カウンターで隣り合っていた。それぞれ孤独を孤独とも思わずに飲んでいたのだ。男性は自身の就職祝いの為に、女性は自身の結婚祝いの為に。そして残りの少女は自身の孤独の為に。 

理由はそれぞれ異なるが、一人であることを噛み締める為に存在していると言う点だけは共通していた。 

ここで少し、過去について言及しなくてはなるまい。 

祝福されるべき二人についてだ。祝福の為にアルコールを摂取し続けている男性と女性についてだ。彼らにはもう一つだけ、共通点があった。 

男性は少年時代、あるアンティークドールがお気に入りだった。祖母が蒐集していたのだ。 

淡いピンクと純白が重なり合ったシンプルなドレス。新芽のような、若草色の大きな瞳は澄み渡り、輝き、水分を含んでみえた。真っ白で小さな顔はつるりとしており、ほんのり色付いた唇と頬は彼女の愛嬌の良さを強調している。人間味を曖昧にちらつかせる不気味なアンティークドールの中で、彼女だけが可愛らしく、美しかった。 

見るからに異国のものであったにも関わらず、彼女の髪は真っ黒で、すとんと肩まで真っ直ぐ伸びていた。その異質な雰囲気がとにかく美しかった。いつまでも見ていたいと思ったし、何度でも見つめたいと思った。 

成長し続ける少年の心が「無駄だ」と囁くのを無視して彼女に話しかけ、その幻想の声に聴き入った。彼女の声は甘く、柔らかで、まるで姉か妹のように話しかけてくる。 

しかし祖母の死と同時にアンティークドールたちは知人やコレクターの手に渡ってしまう。 

少年はそれを惜しいと思ったが、どうすることもできない。熱中するものがどんどん増えて行くと、いつしかそんな気持ちも埋もれてしまった。何より、「人形遊びは女の遊び」という周囲の声がとてもとてもうるさかったのだ。 

こうして少年はあの美しい遊び相手のことを今日まで思い出すこともなく、若者へと成長したのだ。 

女性も同様に、あるアンティークドールがお気に入りだった。 

そう、例のアンティークドールを譲り受けたのが、女性の叔母にあたる人物なのだ。それ以上語るのは野暮というものだろう。この女性もまた、幼い日の少年と同じような感情を抱き続け、忘れ去ったのだから。 

叔母がアンティークドールを紛失するという悲劇に見舞われたこと以外は、あの日の少年と全く同じ道を辿っていた。彼女にとって、あのアンティークドールは友人だった。とびきり魅力的な。けれど時間をかけて忘れられる程度の。 

「人形遊びは子供の遊び」という周囲の声がとてもとてもうるさかったのだ。そして少女はあの美しい遊び相手のことを今日まで思い出すこともなく、若者へと成長したのだ。 

それでは、話を今に戻るとしよう。彼らの間にちょこんと座った少女について描写するとしよう。 

淡いピンクと純白が重なり合った、少し気取ったワンピース。新芽のような、若草色の大きな瞳は澄み渡り、輝き、水分を含んでいる。真っ白で小さな顔はつるりとしており、ほんのり色付いた唇と頬は彼女の愛嬌の良さを強調している。 

人形らしさを曖昧にちらつかせる他人の中で、彼女だけが妖しく、恐ろしかった。 

見るからに異国のものであったにも関わらず、彼女の髪は真っ黒で、すとんと腰まで真っ直ぐ伸びていた。その異質な雰囲気がとにかく不気味だった。出来る限り見ていたくなかったし、出来る限り見つめられたくなかった。 

少女が居酒屋に入ったときのことだ。店員は焦りと困惑を浮かべた。 

恐らく入店を止めようとしたのだろう。店員が何か言う前に、彼女は「パパとママを迎えに来たの」と凛とした声で告げた。それが思ったよりも大人びた理知的な声だったので、店員もそのまま少女を店内に入れてしまったのだ。店内が混雑していたのも原因の一つかもしれない。多忙な店員たちはそれ以降少女を気にする素振りすら見せなかった。 

少女は真っ直ぐカウンターに向かった。そして他人同士の彼らの隙間に収まった。男性と女性が席一つ分しか離れていなかったのも、不幸と言えば不幸だ。 

「ねぇ、まわって。まわってよ。あたしの家族!」 

可愛らしい声、少年少女だった頃に聴いた幻想の声。そこでようやく彼らはあの懐かしきアンティークドールの名前を思い出した。

「ねぇ聞いてよ! あたしがどんな風にあたしを育て上げたのか! たくさんの物に救われた話を!」 

彼女の甲高い叫び声も、騒々しいこの空間には溶け込むことができた。 

「今じゃあ、きちんとした人間でしょう? 自分たちがマジョリティだなんてどうして思っていたの? ねぇ、違うと言って。パパ、ママ。お手本がいたの。真似したんだよ? あたしが再生したのを認めてあげて!」 

大げさな笑い声と、嘘くさい話、劣情が滲む声、小さな拍手、同意の囁き、偽物で溢れかえった居酒屋。一体何が本物で、一体誰が偽物なのか。

他人の顔がマネキンのように見えることは無いだろうか? 昔を振り返るとき、どこか断線している恐怖に包まれることは無いだろうか? この世界で一番多く存在している種族は? 進化の過程を把握できているのだろうか? 血液は確かに流れているだろうか? つなぎ目があるのではないか?遠くに居るあの人に、あなたに? 

男性と女性には分からない。彼らにはもう何も分からない。砂に混じってしまった。眠らない子供を脅し付けるための砂に、記憶が。誰が人間らしいのか。何が人間らしいのか。誰が人形だったのか。 

彼女の名前はコッペリア。人形の為の名前だ。 

異形化コンピ 参加作品