不動なるGuten Morgenの流動性

2012-04-23
story

不動なるGuten Morgenの流動性

おはようございますと言いましょう。

そう、何度でも言いましょう。

これは一日の始まりの言葉です。これなくして、我々の一日は始まらないと言っても過言ではありません。その一言があれば全てが安泰です、安寧です、平穏です。永遠にそうです。

実際、我が国では「おはようございます」の一言が言えずに、明日を迎えられないと言う輩が非常に多いのです。

残念ながら、あえて昨日に留まることを選択する不届き者もいるようでして。ただ、そう言った者はごくごく少数であり、そのごくごく少数も我が国の法律によって厳罰に処されているのが現状でございます。

それを知らず、社会問題として報道されることも多々ありますが、このような瑣末な問題を取り上げると言うこと自体が、我が国の安泰を象徴しています。

決して、決して、つい先日起こった大事件を煙に巻いてしまおうですとか、そう言った意図はございません。当然ながら、そのような大事件など起こっておりません。ですから、そう言った意図はなく、また、だからこそ我が国は平穏であるのです。

かの国のハントケと大いなる祝杯を掲げましょう。もちろん、我が国の安寧についてです。

我が国は安泰です、平穏です、安寧です。永遠にそうです。未来永劫そうなのです。それはきっと終わることはないでしょう。

我々は言います。おはようございますと。そうすることで我々の世界は明日へ向かって進むのです。

未来が開けるのです。そしてその先は平穏です、安寧です、安泰です。未来永劫そうです。永遠にそうなのです。それはきっと終わることはないでしょう。途切れることもないでしょう。止まることもないでしょう。

何を恐れることがあるでしょう?終わらない昨日に留まることの、何が正義でしょう?

明日を見なさい。明日を切り開いてご覧なさい!そこは安泰です、平穏です、安寧です。未来永劫そうです。永遠にそうなのです。それはきっと留まることはないでしょう。終わることもないでしょう。途切れることもないでしょう。止まることもないでしょう。 おはようございますと、そう言えば全てはそうなのです。

怯えることはありません。恐れることもありません。全ての畏怖は神に向けるべきであり、全ての恐怖は停滞することに感じるべきです。

全ての人間にとって、明日とは安寧です、安泰です、平穏です。永遠にそうです。未来永劫そうなのです。それはきっと留まることもないでしょう。終わることもないでしょう。途切れることもないでしょう。止まることもないでしょう。

おはようございますと、そう言えば全てはそうなのです。

さぁ、言いなさい。その言葉を。明日に向かうべき言葉を!

何度でも言いましょう。