生きとし生きてない者たち

2012-03-20
story

生きとし生きてない者たち

溢れんばかりの笑顔の集団。

彼らが取り囲んでいるのは真っ白な長方形の箱だ。深さは人々の膝丈ほどあり、中には睡蓮が敷き詰められている。

それを囲む人々の服は黒い。

その中の一人、若く、背の高い黒服の男が、小さなボストンバッグを抱えて白い箱の前に姿を見せる。バッグは筒型の比較的小さなものだ。英字のロゴマークがでかでかと両側面に描かれている。中身は入っていないようにみえる。

男はバッグを少し持ち上げて、人々の見えやすいようにした。

「旅行鞄はこちらですか?」

そう言うと、すぐ隣にいた老女がわずかに体をひねり、覗き込みながらうなずいた。

「えぇ、えぇ、そうですとも」
「少し若々しいかしらねぇ?」
「いや、いや。これくらいが調度良い。大きさも良いですよ。大き過ぎると、罪悪らしい」
「そうですよ、私もね、二回目だったかな、その時に妻に大きなトランクを入れられましてね。罰金を取られましたから」
「あら、そうなの?私はまだ一度もないからねぇ、分からなくって」
「おや、それは珍しい。楽しみですね」
「旦那が先に待っててやる、何て言うもんですから。楽しみで仕方ありませんよ」

真っ黒な服、真っ黒な服、真っ黒な服、真っ黒な服、真っ黒な服。

皆が箱に手を添えて、ざわざわと嬉しそうに話しあった。

バッグを抱えた男はその雑談に交じることなく、睡蓮の上にそっとボストンバッグを置いた。その少し後、黒服で黒髪で長髪の女がカツカツとヒールの音を立てながら、立派な革靴を抱えて現れる。靴は綺麗に磨かれていたが、皮の色合いから見て大分使い古されたもののように見えた。

女は彼の隣りで立ち止まり、同じように靴を持ち上げる。

「靴はこちらでよろしいですか?」

女のその問いに、再び老女がうなずいた。

「えぇ、えぇ、そうですとも」
「お気に入りでしたもんねぇ」
「これならどこへでも出かけられますよ」

白い箱に手を添えながら、人々は再び談笑し始める。女が靴をそっと箱の中に置くと、後からやってきたショートカットで黒髪で黒服の女が蔓カゴを持って現れた。中身は睡蓮だ。

バッグの男と靴の女が一歩後ろに下がり、睡蓮の女が白い箱に近寄る。黒い服の人々は途端にぱっと白い箱から手を離し、ぴたりと雑談と止める。しかし笑みだけは絶やさない。

女はそれを当然のように思っている風だ。そのまま静かに、箱の中を睡蓮で埋めていく。先程置かれたバッグも、靴も、ほとんど睡蓮で埋もれてしまう。

睡蓮の女がぺこりと会釈し、再びどこかへ姿を消した。それに従うように、バッグの男も靴の女も退場する。

睡蓮が敷き詰められた白い棺、その中に収められる死体。

それを囲む人々は笑っている。

「遺灰は風船に入れて空に飛ばすそうですよ」
「そりゃまた古典的で」
「風流でいいじゃないですか」
「そうですねえ」
「そうですよう」
「次に生まれ変わるのは何百年後ですかねぇ」
「今度は早くお会いしたいものですな」

次に姿を見せたのは、坊主頭で黒服で中肉中背の男だった。

彼の祈りましょう、という言葉で喪服の人々は口々に祈りの言葉を捧げた。

ナームー、ナームー、ナムアミダ、ナンマイダ、ナンマイダ、アーメン、アーメン、エィメン、エィメン。

延々と続く祈りの声。

人々の口元には笑みが浮かんでいる。

坊主頭の男はにこりとほほ笑んで、喪服の集団を見渡した。

「はい、結構です。皆さんありがとうございます」

声がぴたりと止む。喪服の人々は嬉しそうに、男からの言葉を待った。

「皆さんご一緒にお願いします。せえの、で言いますよ。おっと、今のは違いますよ。ハハ、いいですか?それでは。せえの」

坊主頭につられるように、喪服の人々が口々に叫んだ。

「明るい輪廻をお楽しみください」

人々は最後まで笑顔だった。