可能性の範囲で

2006-12-19
story

可能性の範囲で

最後の審判は行われたかもしれない。

または行われている。私たちが知らないだけで、救済は行われたかもしれない。私たちが選ばれなかっただけで、神の国は目の前にあるのだ。選ばれた人々はそれをひけらかす事をせず、自慢するわけでもなく、ただ静かにたたずみ、ほくそえんでいる。ああこれが平穏かと、幸福をかみしめているのだ。

それを声に出して言うことはしない。言葉にした瞬間それは夢となり、全てが嘘になると分かっているのだ。だから彼らは何も言わない。誰とも喜びを分かち合うことは出来ない。ある意味、彼らは縛られていると言えよう。

私たちはある意味、何よりも幸福だ。救いも知らなければ救いが私たちのものでないことも知らない。神の国が眼前で閉じられていても、神の国の到来を信じることが出来る。声に出して分かり合うことが出来る。幸いだと叫ぶことが出来る。今いるこの場所こそが地獄だと、気付かずに一生を終えることが出来るのだ。

この愚鈍さが、選ばれた彼らには我慢ならない。だから、いつも彼らは鋭い目をこちらに向けて…。

全ては、可能性の範囲である。