blunder

2007-03-08
story

blunder

ひょろ長い、茶色い髪の青年がドアを開いた。木製のそれは、コンコンと音を立てる。しばらく間があって、ドアから勢いよく顔を出したのは黒髪のおかっぱ少女。彼女はずいぶんと小さく、ずいぶんと大きな眼鏡をしていた。ずり落ちる眼鏡をぐいと押し上げて、彼女は視線を上に持っていった。

薄汚れた、丈の長い灰色のコート。おかっぱはすぐに、この人物がよそ者であるのに気付いた。かなり顔をあげて、やっと青年の顔が見えた。目が合うと、青年は穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。「君は知ってるかなぁ。僕の、カギ」彼の顔はやつれ、傷だらけだった。

おかっぱ頭は目を見開いた。「あんた、どうしたの」小さな、ささやくような声だったけれど、澄んだ空気の中ではまるで悲鳴のように聞こえる。微笑んだままの青年は、少しだけ困ったように肩をすくめた。おかっぱ頭はそれだけで大体のことを理解した。何せ彼はよそ者なのだから。この村は、人を歓迎するような場所ではない。排他的で、廃れた文化を意固地になって守り続ける場所なのだ。おかっぱはそれを忌々しいと思っていたものの、否定まではできなかった。結局、彼女もこの村の人間なのだから。享受するより他に無い。

おかっぱは何度も執拗に外を見渡した。外はいつも通りしんとしていて、誰一人いない。うっすら見える家の窓もしっかりとカーテンがしてあった。まるで拒絶するように。おかっぱは青年の腕を掴み、ありったけの力で青年を家に招きいれた。

おじゃまします、と倒れそうになりながら青年がつぶやく。彼女はすぐさまドアを閉め、鍵をかけ、青年をイスに座らせた。そして暖炉の日を少し強くしてから、青年のコートを脱がせ、分厚い毛布を頭からかぶせた。 くぐもった声で、ありがとう、と青年が言うのが聞こえた。おかっぱは申し訳無さそうに顔をゆがめながら、コートを掛ける。

彼のコートはひどく重かった。じゃらじゃらと音がする。おかっぱは不審に思い、コートの内側を見るとそこにはカギの束がずらりと並んでいる。異常とも思える数だ。彼女は疑問が浮かんでくるのを感じたが、ひとまずは温かい飲み物を作ることを考えた。彼の顔はやつれていたし、傷よりもその青白さが可哀想に見えたのだ。

「その傷、村の人にやられたのね」

スープを受け取りながら、青年は困ったように笑う。返答に困っているらしい。おかっぱ頭はそれを肯定として受け取り、小さな声で謝罪した。よそ者は歓迎されない村だから、と言い訳をしながら。

「どうりで。ここは廃れているもの。よそ者がいない場所に発展はないよ」
「そう。よそ者がいるくらいなら、荒廃する村と一緒に死ぬ、そういう結末をこの村は望んだのよ」

それきり、二人は黙り込んだ。ずず、と二人がスープを飲む音が聞こえる。おかっぱの眼鏡は真っ白に変わった。テーブルにはスプーンを用意してあったが、二人共カップから直接飲んでいて、木製のスプーンは役立ちそうに無い。はぁ、と青年がため息をもらす。ことりとカップがテーブルに置かれて、青年は口を開いた。

「でも、君はちょっと、違うね。僕を助けてくれた」

スープを飲み干したおかっぱ頭は少し照れくさそうに笑いながら、カップを置いた。眼鏡の白が段々消えていく。

「だって、可哀想だもの」
「その思考が素晴らしい。ねぇ、君なら僕のカギ、知ってるでしょう?」

二人分のカップと、使われなかったスプーンを持って、おかっぱが席を立った。「鍵なら、コートにいっぱいあったよ」「違う。そのカギはみんなのカギだ。僕のカギは、失くした」

蛇口をひねりながら、おかっぱは青年に声をとばした。「失くしたの?」ざあざあと水が溢れた。石鹸を泡立てながら、カップを丁寧に洗う。スプーンは、使わなかったので食器棚にそのまま戻してしまった。

「そう。僕は倉庫番なんだけれど、肝心の自分のカギを失くしたんだよ」
「困るね、それじゃあ」
「とても困る。僕がどんな人間か、確認できないからね」
「役場に行ってみたら?合鍵がもらえるかも」
「申請がとてもややこしい。僕が誰か分かる前に、カギは破棄されて、僕はいなくなっちゃうよ」

おかっぱ頭はカップを洗いきり、蛇口を閉める。「大変ね。それは、とても」きれいな布で、カップを熱心に磨きあげる。お気に入りのカップなのだ。

「そう、困る。こんな不祥事は初めてだ。ばれたら、クビ」

倉庫番はまた困ったように笑い、自分の首を掻き切るようなジェスチャーをしてみせた。