クロニクル、君は夢想する

2007-08-02
story

クロニクル、君は夢想する

世界中が真っ二つになってしまったようだ。あの子は遠い遠い河にいて、僕はそれよりも近い近い海にいる。それでも隔てられてしまったのだ。あの子と僕は二度と会えない。どだい無理な話だ。愛し合うなんてもってのほかだ。 

あの子は涙を流さない。僕は涙を流せない。あの子が涙を流せば、きっとあの子のいる河は海になってしまうだろう。僕が涙をこぼせば海の成分が変わってしまうだろう。多くのものが困るだろう。どだい無理な話だ。愛し合うなんてもってのほかだ。

遠くであの子が笑うのを見る。

「あなたが悲しい顔をしてるから。私は平気だって教えてあげるわ」

その笑顔が残酷だった。あの子の優しさだと気付いているから。世界は真っ二つだ。もう元に戻ることは無い。たくさんの物事がそうであるように、直らない。治らない。 

「僕も大丈夫だ。問題ない」
「それは困るわ」

にこりと、小さなあの子が首をかしげたのが分かった。顔の表情までは見えない。それほどに遠い彼女。別れも告げられないままに、分れてしまった僕ら。 

「それは困るの、とても」 

もう一度、彼女が幸せそうに笑った。 

「あなたが悲しい顔をしていると、私、とても安心するの。ああ、愛されているな、って。もう愛し合うことはないけれど、私たち、確実に愛し合っている」

最後に、笑い声が聞こえた。たぶんそれは泣き声だったのだ。安心は喜びではない。愛されていると言う自覚も、幸福にはならない。心のつながりは太く強く、でももろいのだ。僕はできることなら、あの子を抱き締めにいきたかった。強く強く、心のつながりよりも頑丈な抱擁で、あの子を幸せにしてやりたかった。 

僕たちは愛し合っている。自覚も十分にある。だが、それだけだ。幸福にはなれない。愛し合う根本に不吉があり、それが僕らを苦しめた。できることなら、一緒に死んでしまえばいい。一分一秒ゼロコンマの狂いもなく、ズレもなく、同時に世界から逃げ出せたなら、幸福はきっとすぐそばに。でも、それは絶対にしてはいけないことだった。 

「生きよう、一緒に。愛し合うことはないけれど、生きよう。そしてここで、毎日話そう。愛し合うことはもうできないけれど、前に、一緒に、進むことはできる」

僕がまっすぐ彼女を見つめると、ぐしゃり、とあの子の顔が歪むのが分かった。そして、その場に座り込んだ。泣き声が次第に大きくなり、彼女の叫ぶような声が聞こえた。 

「ありがとう。愛しているわ。その言葉も期待していた。ありがとう、ありがとう。一緒に生きようと言ってくれて。生きたい、一緒に。あなたの手はもう繋げないけれど、死ぬのは寂しすぎるもの」

彼女の言葉がじわりと体に染み渡る。浸透していく。愛しい。あの子が、きれいな涙を流すあの子が。世界は真っ二つになっているけれど、僕らは一つのもののようだ。

「僕らは愛し合っている。だから悲しい。でも、最後まで生き続けよう。明日があるのに、それを捨ててしまうなんて、もっと悲しすぎるじゃないか。明日も、僕らは一緒にいられるんだから」 

世界はまだ終わらない。ぱっくりと裂けた口を広げながらも、もがくようにのうのうと生きている。ならば、僕らもひたすらに生きればいい。明日も、あの子がいるのなら、寂しさも苦しさも十分愛しく思えるのだ。