空砲そしてもう一つの寂しい生

2009-01-15
story

空砲そしてもう一つの寂しい生

空に一滴の雫が落ちたが、それが空色であったために誰も気付かずにいる。

ただピチャン、という大きな音がしたので、何かが起こったことに気付いた人間が何人も玄関のドアを蹴り飛ばして空を見上げた。間違いなく、その音は上空から聞こえたのだ。望遠鏡を持ち出してくる人間や、飛行機に乗って確認する者も現れた。

けれど、結局その音が何だったのか、本当に空から聞こえたのかそれとも幻聴だったのか真実なのか分からないまま終わった。諦めない人たちはいつまでも空を見上げる。

1人、また1人と家へ帰っていく。もうじきに夕飯の時間になる。愛する人の元へ皆が帰って行った。やがて夜になり、星が姿を見せ、動物たちが姿を消した。それでも、じっと眼を凝らす人もいた。

「帰る場所が無いんだろう」

そう言って半ば嘲笑しつつ、人々は家の中からそれを観察した。時々、暗くなってしまった空を見上げて。一滴の雫は空色であったため、夜でも見えない。空の色が黒になっても、赤くなっても、見えない。

見上げる人々はいつになったって飽きずに空を見上げつつけた。食事も睡眠も気にならなかった。特に何もすることがなかったからだ。暇な人々ほど長く見上げ続けた。もしくは、見上げても支障がない人。見上げることを楽しんでいる人。

太陽が何度も巡った。月だって何度も消えたり現れたりした。見上げる人々はいつからか一つの種族とみなされていた。人間のままでいる人々は軽蔑も尊敬もせず、淡々と彼らを見上げる人々と呼んだ。

見上げる人々はあまり気にしなかった。ただ空を見上げればそれで良かったのだ。ただ何日も何時間も何秒も見上げている内に首に激痛が走るようになった。人々はうめき、次々に空っぽの家へと帰って行った。種族と認定された見上げる人々は数を減らし、絶滅危惧種になってしまった。あっと言う間だった。幸運だったのは、密猟者が現れなかったことだ。彼らに一欠けらの価値も見出さなかった世間のおかげだった。

「どうしたらいいんだろう」

見上げたままの人々は口々にそう言った。激痛に意味もなく耐えた人々だったが、長時間空を見上げていたせいで、首が元に戻らなくなっていた。見上げ続けた小さな子供は、わんわんと激しく泣きだした。母親はそれをなだめようと子供の頭に手をやるが、見えない。子供がどんな顔をして泣いているのか見えなかった。子供は寂しそうな顔をしていた。

「知りたかっただけなのに、それだけじゃいけないようだ」

ちょうど出ていた月を見上げて、見上げていた内の一人がそう言った。首を何度もさすっては、ため息をついている。同じ様に首をさすった人々が、口々に言いだした。まるで言いたくてたまらなかったみたいに。

「何だってそんなもん。おれだって生きていたいだけなのに、働いている」
「そんなもんさ、沢山のものを持つよりも、たった一つにする方がよっぽど贅沢」
「そんなもんだ、悲観するのが仕事みたいなもんだ」
「そんなもんか、ちっぽけな君の頭じゃ」

空に一滴の雫が落ちた。しかし結局誰も気付かずにいる。それが空色であったことも、警告だったことも。もしもこれが滅亡だとか絶望の類を警告するものだとしたら、それが空色であったことは完全に誰かのものにならない。 例え一冊の本にそのことを書き記したとしても、朽ちて灰になって消えてしまうだろう。そう言った類のものであれば。

しかし、もしもそれが進化であったり発展だったりと予感させる、言わば予告であったとするなら。人々の器官が発達し、視力が抜群に良くなったとしたら。きっと一滴の雫が空色であったことも周知の事実になるだろう。

結局それは、気付かれないことと同意義になってしまうのだけれども。