いとがおわらない

2010-02-22
story

いとがおわらない

医者に限ったこっちゃない。
さ、さ、お聞きになってくださいよ。

(二人の学生の問答。)

(いとがぎちぎち。)

心臓の在り処なんてモンは、大体誰もが知っている。
奴らはいつだって上から目線でニマニマしてやがる。
だがねえ、医者じゃない俺だってそんなモンは知ってるよ。
てめえの胸でドクドクさわさわしているモンに気付かない程、俺ァ鈍感じゃあない。

(身振り手振りが激しい。演説するように語るA。)
(静観し、ゆうたりと語るB。それと同時にA、動きを止める。)

それではね。こんなのはどうだい。
心臓はどこに消えた、なんてしょうもないテーマだ。
心臓なんてが相手じゃないよ、僕が問うのは心の方さ。
心はどこだ?心とは何だ?心臓と何が違う?

(Aが軽蔑の視線を向ける。)

質問ばかりだねエ。うんざりじゃねえか。
心は心臓だ。心とは心臓だ。おうとも心臓だね。
心臓とは役割が違う。

(沈黙。Aは口を閉ざし、一向に口を開く気配がない。)
(負けじと軽蔑の視線を向けるB。)

きちんと質問に答えなさいよ。
僕はね、ちゃアんと言いましたとも。ええ!
心臓とは何が違う?役割?
ならばそれを答えたらどうだい。

(視線をわずかに落とすA。)
(そしておずおずと口を開く)

心臓とは臓器だ。
俺ァ医者でも何でもないから知らねえけどよう。
血液がどうたら、酸素がこうたら、あれだろうが。
まア、医者が知ってりゃ良いことさ。
心はそんなモン、なあーんもやっちゃあくれまい。
思うだけだ、どうかするとなあーんにもしちゃくれない。

(不意に口を閉ざすA。そしてすぐさま話を続ける。)
(一瞬だけ口を開きかけるも、静観し続けるB。)

俺らにとっちゃあ、どっちも一緒か。
心臓も、心も。
心臓だって、俺からすればなあーんにもしてないからなア。

「そんなわけないだろう」

人形師は糸をぶつりと大きなハサミで切った。
ごとりと、AとBは小さくて粗末な舞台(トランクで代用している。)へ投げ出されてしまった。
げんなりと肩を落とし、トランクにAとBを詰め込む。小さく、こつこつと何かを叩く音が聞こえる。
人形師はそのままトランクの上にしゃがみこんだ。まるで彼らが出てこないようにするために。

「ああ、こいつらはダメだ。てんで主の言うことを聞きやしない。台本通りに言ったことなんて一度だってない」

人形師はいまだに聞こえる小さな物音を誤魔化すように拳をにぎってトランクを叩いた。

「そうとも。一度だって舞台の幕が上がって、それで降りた試しなんてない。いつだって幕は下りているし、上がったままだ。拍手喝采が聞こえたことはないし、スポットライトが消えることもないし、消えたままだ」

重たいため息が、人形師の周囲を鈍く覆いこむ。いとがぎりぎり。人形師はぼうっと自身の左手首を眺めた。しばらくそうしていたが、不意にトランクへと視線をやる。小さな物音はまだ聞こえている。

「私だって、お前らと同じなんだよ。あーあ、いつかぶつりといかれやしないか。心配だなあ」

脱力するようにトランクへ上半身を預ける。しかし彼は言う程怯えている様子はない。ぐったりとした声で、あーあと人形師は再びうめき声を上げた。