薄暗がりに光る緑と紫の空想

2010-11-16
story

薄暗がりに光る緑と紫の空想

体中から苗木の生えた女。芽吹く女。女と言うべきか植物と言うべきか、どちらとも言い難い。 身体から芽吹き、花開き、生長しているように見えるが、幹から四肢が生えてきたとも言える。 ひどく濁った紫色した髪の毛は長く手入れをしておらず、肩の辺りで気ままに跳ねていた。 その色はもはや黒と言って良い程だ。薄汚い女。

しかし彼女の瞳はまさに新緑で、瞳だけが輝きと瑞々しさを持ち合わせていた。 これをもって彼女を植物と分類する学者がいてもおかしくはないだろう。

そんな女の名前はクモイノカリ。

立っている場所は森でも川でも湖畔でもなく砂漠だった。これをもってクモイノカリを人間だと分類する学者はいない。 人間と分類されたものたちは、自然を不要なものだと切り捨てた。自然が無くても生活できる文化を生み出してしまった。 捨てられた物に寄生し、寄生され、そしてすがり付くクモイノカリはとてつもなく滑稽で哀れで悲壮感に満ちていた。 仲間はいる。しかし会話できるものはいない。口の無い植物と音しか発せない動物しかいないからだ。

クモイノカリの右手はツタが絡まり、上手く指を使うことができない。 そのツタをぐるぐると巻いて無理に握らせたのは弓矢だった。 クモイノカリの左手には大きなバラが咲いており、もはや「手」だとは言い難い。 どうにか本来の機能を全うできるのは両目と両足くらいだった。

彼女は弓を引くことができない。
彼女は弓を射ることができない。

人類を敵とみなした動植物に戦う術は無く、敵とみなされた人類に敵はいない。 人々はただ旧時代の産物として彼女たちを眺め、昔を懐かしむだけだった。 瞳をやんわり細め、ノスタルジーに浸かる人間は何とも無機質だった。

クモイノカリは憎しみだけで人を殺す。 頭の中で何度も何度も。それだけが彼女の望みで、それだけが彼女の手段だった。 空想の中、クモイノカリは焼け落ちる森を駆ける。そして嘆きを慟哭と憎しみに変える。 こうして弓を手に取り、燃え朽ちる建物の中で逃げ惑う人々の首根っこを掴んで引きずりまわす。 そのまま枯れた森へと連れ込んで、今にも力尽きそうな動物たちにその首を供えてやりたい! これがお前たちの罪なのだと叫んでやりたい!

空想の最後で、クモイノカリはこれがお前たちの罰なのだと耳元で囁き、バラに覆われた矢をぶすりと人々の心臓に突き刺す。 枯れた大地に倒れこむ人々を眺め、獣のような笑い声を発し、そこでようやく彼女は自身に恐怖を抱く。

そんな空想と現実の境目、ほんの一瞬、優しい人影が姿を現す。助けてとクモイノカリが叫ぶ前に、それは涙と共にこぼれていく。 救いが欲しかっただけかもしれない。目を覚ますその瞬間、人影がまるで手を差し伸べるように見えてしまうせいだ。

自己嫌悪、憎悪、後悔、ほんの少しの焦燥と執着。目覚めはいつも涙で始まった。 何が憎いのかも分からない。理由や原因を考えるには時間があまりにも経ってしまっている。 ただ今日も捨てられたもの同士で身を寄せ合い、自然が残された土地を探し求める。 流浪の行きつく先はお終いだ。自然は減るばかり、クモイノカリは追い詰められるばかり。

そして一日の終わりに悲しい悲しい空想を夢みる。 いつかクモイノカリの涙で砂漠が潤う時が来るかもしれない。 あの優しい人影は決して現れない。 喜びで満ち溢れる。 そういう類いの空想を、クモイノカリは決してみなかった。