Kensington:土砂降りの嘘の裏

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Kensington:土砂降りの嘘の裏 ワンピースのような雨合羽に、ぺっとりとした茶色い髪はどこか緑色のようで汚らしい。鼻はつぶれ、三白眼の目はとにかく離れている。唇は薄く、開いた口元からは真っ白な歯が出ていた。うう、とうめき声にも似た声をあげるの彼女はライニーと言った。 「また雨、またもや雨」 低く、かすれた声には少女らしさが残っていなかった。マンション…

Kensington:愛しい愛しい僕だけのイーハトーブ

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Kensington:愛しい愛しい僕だけのイーハトーブ 双子が「裏切り者」とつぶやいたのは真夜中のことだった。今日もいつものように、マンションの一階ロビーで宴会を開いたのだ。 いつもと違ったのは、何時間も隣人たちの中心にアラさんがいたことだ。ほんの数分だけ、管理人がのっそりと姿をみせたことだ。目深にかぶった青いニット帽、全身を包む白い毛布を彩る黒髪。無礼講…

Kensington:神様は嘲笑う

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Kensington:神様は嘲笑う 何かから逃げ去るようにひたすら歩き、細い路地へさしかかってからようやく動きを止める。くたびれたスーツでコウは空を見上げた。ビルの隙間から見える空はちっとも偉大ではない。薄汚れた、狭くて息苦しい空だ。路地裏の壁によりかかり、コウは小さくため息をついた。 「ああ、そういうことか。そういうことにしてしまうのか。上ってやつは」 …

Kensington:神様が呼んでいる

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Kensington:神様が呼んでいる 電車に揺られながら、あり得ない速度で流れる建物を青年は眺めた。きっちりと着込んだスーツは暑苦しく、動きにくい。仕方がないか、と思いながら吐き出されるように駅のホームに降り立った。空気が悪く、すぐさませき込んだ。周囲は汚染された空気にも慣れているような顔でせかせか歩いていく。 改札を出て、一番大きな通りを歩く。自転車が…

Kensington:生かし愛

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Kensington:生かし愛 ひそひそ声が聞こえてくる。 「ああ、ほら、あの人、旦那さんに逃げられちゃったって言う…」 「お子さんもいるのにねえ」 「子供が生まれた日にいなくなったらしいじゃない」 「事故か、事件にでも巻き込まれちゃったのかねえ」 「最近は物騒だから!」 母親はそんな声を耳にいれないように、子供の手を引いて早くその場から離れた。 「ママ、…

Kensington:デウス・エクス・マキナに別れを

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Kensington:デウス・エクス・マキナに別れを コツコツと甲高いヒールの音がする。ドアが開く音がして、医師がイスを回転させて振り返ると、そこには女性が立っていた。高級そうなスーツを着込み、神経質そうな顔を醜く歪ませている。化粧をして美しく着飾っている人間も、ここでは醜悪さをお披露目するだけだった。医師はカルテをそっと眺めた。この女性は 前にも何度か来…

Kensington:現の隙間

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Kensington:現の隙間 もともと、隣人たちは他人に対する興味がなかった。管理人からもマンションからも暖かみが感じられないせいか、自然とそう言うタイプの人間を引きつけたのだろう。 今のような団結力を築き上げたのは、50代の男だった。少し薄くなった髪を気にして、いつも帽子をかぶっている。悪趣味な赤紫の平らなキャスケットを。 体も瞳もほっそりとしていて、…

Kensington:Special

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Kensington:Special 一人の男が管理人の元へやってきた。重く暗い管理人の部屋へ直接殴りこんできた人間はこれが初めてで、住人たちは好奇心そのままに傍観していた。幾度となく、飽きることなくドアをたたき続ける男に、管理人が応じるかどうか。この事態をどう収めるか、果ては管理人の姿まで。全てを見届けようとしていたのだ。 彼は裕福な家庭の次男だった。あ…

Kensington:忌

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Kensington:忌 マンションは三階建てだった。奇妙な人々が住む中で、より際立っていたのはコルサコフだった。彼は、最上階をまるまる一人で使っていた。マンションの中を意味無く往復し、廊下を散歩し、ばたりとそのまま眠りにつくこともあった。独り言は常であったし、異質ともとれる美しさは、住人たちの畏怖の対象だった。 ふらりと、コルサコフはマ…

Kensington:ひとりぼっちの双子

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Kensington:ひとりぼっちの双子 マンションの住人たちは自分たちを「ケンジントンの隣人」と言っていた。管理人は得体が知れず、常にそのマンションの地下にひきこもっている。誰一人その顔を知らない。男性か女性かも分からないほどだった。 全てはパソコンでやりとりをし、それなりの金額さえ振り込めば、誰がどこに住もうと頓着しなかった。セキュリ…