段ボールの山に囲まれ、私は不快感を顔全体で露わした。部屋に段ボールを運び入れた者たちを下がらせ、本棚に囲まれた薄暗い部屋で一人中身を確認する。

古めかしい表紙とは裏腹に、日焼けしていないページをパラパラとめくる。表紙に刻まれた作家名は誰もが良く知る文豪だが、どれもタイトルに覚えはない。馴染みのあるタイトルに出会えたかと思えば、その中身は荒唐無稽としか言いようがない。

それがまた私の中の不快感を煽りたてる。乱雑に本を取り出し、それをテーブルに積み上げていく。

思わず舌打ちをしそうになり、止めた。ぺたぺたと裸足の音がしたからだ。心当たりのある人物は一人しかいない。この図書館の王様だ。

「ササミちゃん、良いものはあったかな?」
「スリッパ、履いてください」  

入口から聞こえた声に振り返ることもせず答えた。えぇーと不満そうな声が近付いてくる。先程と同じ質問が響いたところで、私はハァと長いため息と共に本をテーブルに置く。  

「今回はしてやられました」  

そう言って私は腕を組む。そしてテーブルに山積みされ、なお段ボールの中で眠り続ける本どもを睨みつけた。  

「どうしたの?良さそうな作家が揃ってるじゃないか」  

カミガヤツリ館長は大きなセーターの袖をまくりあげ、先程まで私が手にしていた本を眺める。  

パラパラとめくったところで、不意に手を止める。  

「んー? インクだけ新しいね?」
「エピゴーネンですよ」  

私が短く答えると、金色の髪をさらさらと振りまいてこちらを向いた。きょとんとした顔がどこまでも幼い。

「何?それ」
「簡単に言ってしまうと、パクリですかね」

テーブルに戻した本を再び手に取り、パラパラとページをめくる。『プワソン・ダヴリル』、幼い頃に何度も読んだ推理小説だ。著者としてその名を刻まれたステイシー・ソウは有名な推理作家である。

彼女の簡易ながら詩的で美しい文体が織りなす、迷宮じみた伏線の素晴らしさは世界中の誰もが知っていることだろう。この『プワソン・ダヴリル』は、彼女の代表作と言っても過言ではない。

1984年に失踪、自殺するまで、何度も重版を重ねたし、他の作品もとにかく売れた。売上以上の、それも正当な評価を与えられた、数少ない作家であると言える。  

しかし、私のめくるページにはステイシーに相応しくない単語ばかりが散らばっている。彼女の美しい言葉達は、自らが生み出した迷宮をさ迷っているようだ。起こった殺人事件には目もくれず、作中ではある一組の男女を延々と描き続ける。

単純なラブストーリー。怒りに身体中が熱くなりそうだ。ステイシーはこんな夢見がちな少女のような描写をしない。  

「こいつらは復刻版と称して、作家の作品を改悪して出版してるんです。作家本人名義で」
「それって駄目なの?」

侮蔑と一緒に吐き出した言葉すら、館長には届かない。物語に興味の無い館長の言いそうなことだ。私はそれにさえも苛立ちを覚えてしまう。

「当たり前です。模造品を本物と偽るのは罪でしょう?そりゃ、オマージュや模倣なんて満ち溢れてます。でもそういうものには敬意があるんですよ。元々の作品に対する礼儀と愛で溢れているんです。こいつらのとは、全然違う。あえて、作家が絶対に描こうとしない世界を描くんです」

本の表紙のほぼ中心にでかでかと、わざとらしいまでに刻まれた模様。それをぺしんと叩く。ほとんどの本についている。館長も気付いただろう。両足で書物を掴んだ双頭の鷲、それが槍に貫かれている姿を描いたその意匠。悪名高き帝国図書館のシンボルを射抜いているのだ。

このマークも最近ではちょっとした注目を集めている。世間では帝国を嘲笑う正体不明のヒーローとして、我々の中では書籍を横取りする盗人として、そして愛書家達からは悪趣味な贋作者として。

「寄贈」の際に、偽物を差し出して逃れようとする輩は数多い。だからこそ私や審美眼の確かな者を複数派遣し、本物であることを確認してから手続きに入る。それをどこかのタイミングですり替えられた。

手抜かりがあったとは思えない。しかし、油断していたのは事実だ。まさか窃盗団の真似事まで得意だとは思わなかった。もっと警戒すべきだった、と自身の認識の甘さを嘆いた所でもう遅い。

「このマークが凌辱の証なんです。我々を侮辱するだけならまだしも、これは紛れもないヴァンダリズム…文化破壊です。敬愛なんて微塵も感じられない。作家の評価を下げるだけの、くだらないものです」
「でも、本だ」

ちらりと館長を横目で見る。本の奥付を眺めているようだ。先程よりも茶色い瞳が輝いているのは私の思い込みなんかではない。ため息をつきながらそれに相槌を打つ。

「ですが、文化的価値はありませんよ」
「だろうねぇ」

館長はそう言って段ボール箱に本を戻す。瞳の輝きは損なわれていない。

「とは言うものの、将来的に見ればすごい価値になるかもしれないよね?」
「そんな将来は未来永劫、決して訪れません」

本と見ればすぐ欲しがる、館長の悪い癖だ。良いも悪いも、全てを手元に置いておかなくては気が済まないのだろう。今はまだ節度をもって書籍回収にあたっている。蒐集家からの批判は激しいものだが、世間一般からの評判は可もなく不可もない。

しかしその内に世間一般から書籍と言う概念はなくなってしまうだろう。もしくはカミガヤツリの蔵書印が永遠に流通することになる。それが帝国の本当の始まりになるのか、それとも終焉になるのか。

「僕は模造品が好きじゃない。でも近くに無いよりあった方が良い。それと比べたらどう? オリジナリティに溢れていて、素敵じゃないか。手元に置いておきたくなる」
「稚拙ですけどね」
「文豪の処女作がどれも傑作だとは限らない」

伸びきったセーターの裾を揺らしながら、カミガヤツリ館長は子供のように陽気に笑った。

「面白いよね。馬鹿馬鹿しくって、最高に面白い。要は全部、僕への挑発ってわけだ。ファンになっちゃうよ。どうしたらこんなくだらないことが出来るんだろう」

館長は淡々と、けれど口元には笑みを残したままそう言った。再び一冊のエピゴーネンを手に取り、最後のページをめくる。館長の行動を理解した私は先回りするように進言する。

「こいつらの足取りは分かりませんよ。それ、架空の出版社ですから。住所もどこかのマンションのものです」

私の声につられたかのように、館長の視線だけがこちらを向いた。感情の薄れた、まるでガラス玉のような瞳だ。少しだけ鋭くなったそのガラス玉は、私を冷たく監視している。

「ササミちゃんはさっきから『こいつら』って呼ぶよね?どこまで調べたの?」
「この意匠は前々から見かけたものですし、それなりに対応するべきかと思いまして……」
「そんな前置きに、僕が興味を持つと思ったのかな」

いいえ、と短く答える。少し視線を落としたせいか、眼鏡がほんの数ミリメートルずり落ちた気がした。館長の機嫌の悪さは大抵表立って見えないから厄介だ。いや、「館長の本に手を出した」という時点で、彼が機嫌を損ねていたことに私は気付くべきだった。

今の館長は、怒り狂っているのだ。

「こいつらが集団で動いていること、その住所が適当なマンションの番地であること。実際に調べましたが、手がかりはありませんでした」

分かっていることを簡潔に報告する。

「それに加えて、盗人ごっこも得意だって事が判明したわけか」

平然とした口調で、館長はエピゴーネンを乱雑に投げ入れる。大事に保管するつもりは更々ないようだ。私としてはすぐにでも焼却したい気分だが、館長はそれを許しはしないだろう。これが書物である限り。

「他には? 手詰まりで中断、なんて君らしくないだろう」

館長に笑みが戻る。にやりと、挑戦的な笑みだ。

「文章を検証して、類似点のみられる作家や一般人をピックアップしています」
「それ、どのくらいの数?」
「30人程度に絞り込みました。もう少し、絞り込めると思います」
「文章が変だもんねぇ」

そう言って、館長は段ボールの山に目をやった。文中からにじみ出るのは稚拙さを隠そうとする傲慢な口調、わざとらしいとしか思えない学術的な語句。知性よりも、そのプライドの高さが透けて見えるようだ。そして、合間に若者言葉が散らばっている。言葉の誤用もだ。何度も同じ語句を繰り返し間違えている。

「若いね。自己顕示欲の強さが見て取れるよ。学生かもしれないな」
「各国の作品を原文で模倣していますから、語学に長けた者。特にフランス語、英語には専門的な知識が伺えます」
「特定できたとして。こいつら全員、引っ張りだせる?」

静かに首を振る。正直なところ、醜悪な作家一人を確保するのがせいぜいだろう。何度も彼らの影を掴んだが、トカゲのように奴らは尻尾を切って姿を消す。いつまでも本体にたどり着かない。組織としての全体は掴めないままだ。

「寄贈作業にあたった全員、減給だね。何なら停職でも免職でもいい。帝国の警備も護衛も倍にしよう。ただし厳選して。知性のない奴は帝国に必要ないから」

私はこくりと頷いた。そろそろ人員を増やそうと思っていたのだ。

静かに帝国に歯向かう不気味なレジスタンス。しかし何の脅威もない。全ては我々の慢心が招いた事態であり、我々の内側だけで全てが解決できる問題だ。奴らの存在など、取るに足らない。

館長の身振り一つで、霧散してしまうような儚い亡霊なのだ。